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【インタビュー】前例を作る人間に。金子幸生さん

はるな@タイモブ
  • 2016/09/02 00:00
  • インド
  • 企画・マーケティング,エンジニア,社長直下
  • インターン後

こんにちは。タイモブの草野です。

「トビタテ×海外インターン企画」第2回目、今回は金子幸生(かねこ こうせい)さんにお話を伺いました。


3期生として、「インドのシリコンバレー」と呼ばれるバンガロールで、10ヶ月間活動をされた金子さん。

初っ端から様々なトラブルに見舞われながらも、自分のやりたいことにまっすぐ突き進んでいく姿に勇気をもらえる、そんなインタビューです。どうぞ。


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※日本人とインド人の交流パーティーでの一枚


|| なぜ、インターンシップに行こうと思ったのでしょうか?


もともと、大学生のうちに海外に長期滞在したいという思いと、インターネットで何かやりたいという思いがあったので、海外で働いてみたいという気持ちはありました。


そこで、最初に候補地としてITで有名なアメリカのシリコンバレーや、ドイツ、イギリスなどが上がっていたのですが、調べていくうちにインドがどうやら面白いらしいということを知ったのが、インドに興味を持ったきっかけです。


先進国の環境は、言ってしまえばはある程度想像できますが、インドはどんな環境なのか、想像し難い国でした。

ITが興ってきていて、さらに人口も増えている、そしてカオスっぽい。きっと行ったら楽しい経験ができるのではないかと思いました。


以前、東南アジアをバックパックしていたこともあり、発展途上国には馴染みがあったのも、インドを面白そうだと思った理由かもしれません。


ただ、行くと決めてからインドについて調べ始めたら、マイナスな情報ばかり目に飛び込んできて、おっと、怖いぞ と思ったことも良い思い出です。笑


-なるほど。では、そのうえでトビタテ生として海外インターンシップに行こうと思った理由と言いますか、トビタテのどんなところに魅力を感じたのかについて、教えて頂きたいです。


実は2期生に友達がいて、その人の話を聞くうちにトビタテのコミュニティにとても魅力を感じました。

官民協働といっても、文部科学省主催の奨学金制度なので、ハードルが高かったのですが、トビタテ生が身近にいたのが、ハードルを大きく下げた理由だったと思います。


もちろん、海外に行くからお金がかかります。それを補助してもらえることは大きな魅力ではありますが、それ以上にこのコミュニティに入りたいと思いました。


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※インド バンガロールの風景



|| 現地での活動について


-そんな想いをもってトビタテに申請し、晴れてトビタテ生としてインドの地を踏んだわけですが、実際どのようなことに取り組んでいたのでしょうか?


渡航する前から、現地企業でインターンがしたいと考えていました。しかし、日本でそういった企業を紹介している会社がなかったため、まずは日系企業でインターンシップをさせてもらうことにしました。インドに行ってから、現地企業のインターン先を探すことにしたんです。


とはいえ、本当に現地企業でインターンなんてできるのか自信がなかったのも事実です。先にインドに住んでいる日本人の先輩方に色々聞いたこともあります。でも、基本的にみんなネガティブなことを言うんです。難しいんじゃないの?みたいな感じで。

でもやっぱり働きたいという気持ちが強くて、インターン先探しを始めました。


-現地で一から探し始めたんですね。実際どうやって見つけたのか、気になります。


見つけるまでに、3段階くらいエピソードがあるんですが(笑)、

1段階目、バンガロールってスタートアップの聖地なので、カンファレンスが毎週、毎日のように開催されているんですね。なので、そこに足を運んでいました。登壇されている経営者やその会社のビジネスが面白いと思ったときは、カンファレンスが終わったらすぐに話しかけに行き、アポイントメントを取って、オフィスまで行き、インターンさせてもらえないか打診する…といったことをやっていました。


そんな中、現地のスタートアップの中でも最有望株の一つとされていて、$54.5M(約66億円)調達している企業に、面接する機会をもらいました。ムンバイまで行って面接をして、有難いことにほぼ決まりかけたんですね。それからバンガロールに戻ってムンバイに引っ越しのために荷物をまとめていたんですが、その矢先に電話がかかってきて、「計画していた海外エクパンジョンが2、3年遅れることになって、雇うことができなくなった」と。撃沈しました。社長にインタビューまでしたんですけどね。w(http://koseikaneko.hatenablog.com/entry/2015/12/23/101656)


そんなこんなで結局30社ほど行ったと思います。でもこれではうまくいきませんでした。



2段階目、日本でいうリクナビやWantedlyのようなサイトにかたっぱしから登録して企業を探しました。でもあんまりいい会社が見つからなかった。なんか違うなあと思い、断念しました。



3段階目、「GrowthHackIndia」というイベントに参加しました。マーケッターの中には、グロースハッカーという専門職があるんですが、彼らが集まるイベントです。


そのイベントの参加中に、たまたまイベントのホストと仲良くなって、彼と飲みに行くような仲になったんです。そこで、インターンを探しているんだけど、見つからなくて困っているんだよね、という話をしたら、彼が「君のことFaebookにポストしてあげるよ」と、自分がインターン先を探していることや、日本でやってきたことなどをFacebookにシェアしてくれました。その途端に、15社くらいからオファーが来ました。今までずっと会社にアプローチをする側だったので、驚きました。


オファーを頂いた会社の中から、いくつか会社をピックアップして面接をして、やっとインターン先が決まりました。


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※実際に働いた会社で誕生日を祝ってもらった時の一枚


-なんと波乱万丈な…。15社もオファーをもらった中で、インターン先を決めた決め手って何だったのでしょうか?


最大の理由は、社長が特段にイケてる!と思ったからです。

もちろん人として優しいというのもありましたが、彼はアメリカに14年間住んでいて、向こうでドクターを取っている人でした。その経験もあってか、世界を見ているし、どんどん仕掛けていくぞ!というタイプ。

怖いくまさんみたいな社長なんですが笑、人生においてその人と働けるのは価値だと感じました。


-具体的にどのような会社で、どのようなことに取り組んでいたのでしょうか?


会社自体は1年目の創業期で、パートなどを含めると、全員で30名くらいの会社です。

日本のメルカリのような服の売り買いができるアプリを運営している会社で、日本での経験が買われてインターンシップとして受け入れてもらいました。


最初の1ヶ月はエンジニアとして、開発関連を経験して、残りの期間はマーケッターとして働いていました。

服の売り買いのサイトは日本でもメジャーとはいえ、インドという国で、ターゲットは女性。実際ターゲットはどのようにこのアプリを使うのか、どうやったら購買行動まで結びつくのか、全然知りませんでした。現地企業なので日本人はおらず、仕事のやり方のアドバイスをもらうことはできず、どうやれば良いのか悩みました。


でも、分からなかったら聞きに行くしかないじゃないですか。だから、直接ユーザーにインタビューをさせて欲しいと社長にお願いして、実際に街角で20~25歳のターゲット女性に対してインタビューをさせてもらいました。

そうやって、ターゲットのことを少しずつ理解できるようになり、どんどん仕事ができるようになっていきました。


-現地にいる先輩方に良い反応をされなかったのに、インターン先を見つけてしまうのはすごいですね。


最終的にこうやってインターン先を見つける事ができた今、当時を振り返ると、人は基本的に前例がないことや経験したことがないことに対して、ネガティブな反応をすると気付きました。


物事には段階があると思っていて、例えばインターンシップだったら、国内のインターンシップ、海外の日系企業でのインターンシップ、それから、現地企業でのインターンシップ、といった感じで。

僕は、国内インターンシップも、海外の日系企業でのインターンシップも実際経験したこともあったし、やっている人もたくさん知っていました。インターンシップの種類で優劣をつけるわけではないけれど、そしたら次は段階的に海外の現地企業でのインターンシップに挑戦したかったんです。


だから、すごいことではないと思っています。

誰かが事例を作れば、どんどんほかの人が続く。僕は、その事例を作りたかったんです。まあ、後付けかもしれませんけどねw


-インターンシップを段階的に捉えるのは面白いですね。ところで、家探しが大変だったという話を耳にしたんですが、実際どうだったのでしょうか?


9月末にインドに渡航したんですが、その頃現地に日本人のシェアハウスがあって、そこに入れてもらえることになっていたんです。

だから安心して渡航して、荷解きをしつつ2~3日過ごしていたら、突然「あと1週間くらいしたらに家がなくなるから!」と言われました。


「え、どうするの!?ようやく到着したのに、家なくなるの!?」って思うじゃないですか。その頃は到着したばかりだし、どうやって家探すのかも分かりませんでした。でも野宿は怖いから、家を探さないといけない。


とにかく動くしかなかったので、不動産屋を巡ったり、日本のSUUMOのようなサイトを探したりして、なんとかPG(Paying Guest)といって、一部屋に何人も入るような家を見つけることができました。入居した当初は1人だったんですが、すぐに新しい人が入ることになりました。それが、これから約10ヶ月間一緒に住むことになった、中東からイエメン来たアムルでした。


たまたま中東の人で、宗教のこともたくさん話したし、すごく学びになりました。

結果として、親友と呼べるほど、一番仲のいい友達になったので、この家を見つけられて本当に良かったです。


家さがしは、結構大変だけど、決まれば決まる という印象です。いいエージェントを見つけられたら、そこからは早いと思います。でも、苦労するという話も聞いているので、僕は運がよかったんだろうなとも思っています。笑


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※PGのメンバーに誕生日を祝って貰った時の写真。写真の一番右が大親友のアムル


|| 壁だらけの留学を支えたものとは?


-インターン探し然り、家探し然り、紆余曲折ある中で、他責思考に陥ってしまう人を少なからず見てきたのですが、苦しい中でぐっと抑えて、頑張ることができたのはなぜだったのでしょうか?


小さいころから全て自分事でやってきたからというのが大きいです。「好きなことを自由にやればいい。ただ、決めた以上は全て自分の責任だからな。」という教育方針で育てられたので、やると決めたからには自分で責任を持たないといけない環境が小さいうちからありました。なので、自分が決断したことに、他責思考が結びつきませんでした。

だから、どんなに嫌なことがあっても、自分で良い方向にしてやりたいと思えました。


あとは、なんとかなるっしょ!という感覚が強いんだろうなと最近気づきました。自己肯定感が強いんでしょうね。きっと。それのせいでたまにミスもしたりするんですが。(笑)


-素敵なご両親ですね。でもなかなかユニークな育て方な気がします。


例えば、小さいころ、黄金伝説というテレビ番組でよゐこの濱口さんが銛突きをやっているTV番組がありました。父と一緒に見ていたのですが、どうしてもこれを自分でやりたいと思って、父にお願いしたら、次の日に海に行って、銛付きの道具を買って、実際にやらせてもらえたんですね。それで、やってみたら魚やたこが取れた。


そうやって、子どものころから実際に自分で心からやりたいと思ったことを自分でやってみるという経験をし、意外と一部の特別な人しかできないと思われていることも、やればできる経験を幾度もしてきたので、どれだけ高いハードルでもまず一歩踏み出してみようと考えられるようになりました。


|| 印象に残っているエピソードについて


-インターンシップ中で、一番嬉しかったことについてお伺いしたいです。


インターンしていた会社は、結構いけてるスタートアップとはいえ、1人当たりの生産性の低さが気になっていました。やっぱり、インド人は話をすることが好きだから、ついつい話をしてしまう。そんな姿をよく目にしていました。また、目標に対してのコミット力の低さも生産性を低くする原因の一つでした。でも、新人だし、インターン生の自分が言うのも…と思いながら自分の仕事に集中していました。


始業から夜中までずっと仕事漬けの毎日で、夜は社長と2人で働いていたりしました。そんなある日、仕事終わりに社長の車で家まで送ってもらっていた道中で、社長に「仕事はどう?」と聞かれ、楽しいけど生産性が低いと感じている と素直に伝えると、社長も実は同じことを思っていたということが分かりました。そして、社長が僕に「Koseiの口からチームメンバー言って欲しい。そこに意味がある」と言いました。


社長と別れた後、すぐにチームに言うメッセージを考えて社長に送りました。そして、翌朝を迎えます。その日はとても心が落ち着かなかったことを今でも覚えています。なぜなら、私はチームのメンバーに凄く馴染むことができていたから。それなのに、辛辣な言葉をミーティングで言うと、新人だし、インターン生だし、ひいては日本という異国の土地から来た外国人だから、もしかしたら大きな溝ができてしまうかもしれないと思ったんです。嫌われてしまうかもしれないと思ったんです。


 しかし、これは会社として成長するため。前日にしっかり作り込み、暗記した言葉をチームに向けて、一言一言丁寧に伝えました。


-チームのメンバーはどんな反応でしたか?


初めは凄く不思議そうな目をしていた覚えがあります。いつも笑顔で、ただ愚直に仕事をしていた僕が、チームに対してこのような印象を抱いていたんだーと。ただ、ミーティング終了後、チームメンバーが「koseiの想いは伝わった。自分もそのように生産性が低いと思うことは多々あったけれど、辞めることができなかった。ありがとう。一緒にチームをドライブさせよう」と。

その時、ずっと抱えていた緊張から解き放たれ、思いました。自分が本気で仕事をしていて、その会社を本気で良くしたい気持ちから生まれた提案であれば、伝わる。言いたいことは言うべきだという、当たり前のことを再認識した瞬間でした。



-日本人でも、そうでなくても、一生懸命であればやっぱり通じるんですね。では、逆にしんどかったことはあったのでしょうか?


インドは準公用語が英語とはいえ、現地の公用語は違う言語。だから、タミル語が話せるインド人同士はタミル語で、カンナダ語が話せる人はカンナダ語で会話をしていた。そんなの理解できるわけがなくて。(笑) 言語の壁を感じました。


それから、ムンバイで、電車に乗ってビジネス街があるインド門方面(ムンバイの南側)に向かっていた時の話です。基本的にバンガロールにいたので、ムンバイのことはあまり知らず、少し不安だったので、乗り合わせていたインド人に電車の行き先を確認したんですね。で、そのインド人には大丈夫だ、とお墨付きをもらった。だから安心して乗っていたのですが、駅員が切符の確認に来たら、自分の切符は間違っていると言う。そのまま駅長室に連れて行かれて、50ルピーくらいで買った切符なのに、反則金5000ルピー払えと言われました。実際、途中から違う線路に入る電車だったらしく、一駅分乗り過ごしていたらしいんですが。


-すごい金額ですね…。


そう。だから、30分くらいゴネたんです。5000ルピー払わなければいけないなんて決まりなんてないかもしれないし、この駅員が掠め取ろうとしているかもしれないから、交渉なんて余裕で勝てると思っていました。

でも、反則金が書いてあるリストを出してきて、ああこれは本当だったんだなと。しかも、5000ルピーが払えなかったら留置場に1ヶ月だと言われて、さすがにやばそうな感じがしたので、最終的に2500ルピーまで値切って、それ払ってから逃げました。(金額は若干の誤差あり。w)


そこで学んだのは、インドは容赦がないということ。

インドって、ルーズそうに見えて、もちろんその側面もあるんだけど、決まり事にはものすごく厳しいんだと理解しました。


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※金子さん(右)とインタビュアー草野(左)。インド バンガロールにて。


|| トビタテ!という存在について


-本当はインドのあとにアメリカに行く計画だったと聞きました。なぜ、計画変更してまでインドにいようと思ったのでしょうか?


本来なら、インドに6ヶ月いたあとに、少しアメリカのシリコンバレーに行く予定でした。けれど、インドに来て半年でやっとインドの面白みを理解し始めたし、現地でのネットワークを築くことができたんですね。今からもっと色々できるようになる。このタイミングで新天地に行くより、ここで挑戦する方が価値あることだと思ったのが一番の理由です。


特に迷いはありませんでした。きっと、先進国のアメリカよりも、何事においてもインドの方が思考する回数が多いだろうと思ったし、その方が僕にとっては楽しいと思ったので。



-私も計画変更をした組なので、その大変さはお察しします…。そんなトビタテですが、今までを振り返って、トビタテ生でよかったなあと感じたエピソードってありますか?


1つ目は、刺激になったことです。

現地企業でインターンをしていて、日本人が周りにほとんどおらず心細い中で、世界中で同志が頑張っているんだ というのが目に見えない刺激になりました。その中でも仲のいいトビタテ生とはSkypeなどで電話をしたりして、直接刺激をもらったりもしていました。


2つ目は、エヴァンジェリスト活動という言葉です。

現在、インドスタディツアーを企画したり、インド勉強会を開催しています。そうやって、自分が体験したこと、良いと思ったことをシェアしたいと思った背景は、エヴァンジェリスト活動という言葉から着想を得ました。


自分がいい経験をさせてもらったからこそ、それを少しでも多くの人に体感してもらい、より多くの日本人が豊かに過ごせたらいいなと思っています。



|| インターンシップを経て


-本当にたくさんの経験をしたであろう長期のインド滞在を経て、これからやりたいと思っていることについて教えてください。


今回の留学で、インドがとても好きになりました。

しかし、インターン中に自分の会社に投資してくれるファンド、VCはアメリカ系や中国系が多く、あまり日本が参入していないことも目の当たりにしました。とはいえ、次の市場としてインドは注目されています。なので、インドと日本を繋げることができないかと考えています。


加えて、インドファンを増やしたいです。

今の日本人が持つインドのイメージは、ほとんどがネガティブなものです。

もちろんその側面もあると思いますが、もっといいところもたくさんあります。けれど、その情報が全く伝わっていない。それはすごくもったいないと思いました。

だからこそ、若いうちからちゃんとインドのことを知って欲しい。そこで、高校生向けにスタディツアーを開催していこうと思い、現在トビタテ生の仲間と共に企画をしています。少しでもインドに興味ある方は僕宛にメッセージでも何でもいいので送って欲しいです。(https://www.facebook.com/kosei.kaneko.1)一緒に盛り上げていきましょう。


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※インドのお祭り、ホーリーをオフィスの前で会社のメンバーで祝いあった時の様子


|| インターンを検討している方に向けて


1つ目、海外インターンシップは、そんなに簡単じゃないぞと伝えたいです。

自分のケースはまだ稀ですが、やはり本気で海外インターンシップに挑戦しようと思ったら、結果重視の環境の中に飛び込むことになります。

もちろん日本でも同じですが、海外ではより一層結果を出せない奴は淘汰されていく環境です。海外の人にとって僕たちは、外国人ですからね。どんなことも言い訳にせずに、結果を出す姿勢が大事になってくると思います。


2つ目、それでも、飛び込みたかったら臆することなく飛び込めばいい!、ということ。


GLIPというインターンシッププログラムでインドに行く前にミャンマーに行きました。

生まれて初めて異なる環境、自分がマイノリティになる環境で初めて仕事をした経験だったのですが、やはり仕事がしづらかった。つい、他責にしそうになった。でもそこで「自分がなんとかするしかない」と思えて、その環境になじめるように努力したらどんどん楽しくなっていきました。その時に一番感じた大事なポイントは自分のホームを少しでも早く創るということ。

例えばインドだったら、向こうのダンスを覚えるのは大事ですね。僕は率先して、インドのダンスを覚え、会社の飲み会でインドのダンスセッションになったら右も左も分からず、とりあえず踊りました。そしたら、数人の社員が快く、ダンスを教えてくれるようになったんですよ。そうしたら、流れに任せてレクチャーを受け、踊る。一丁あがりです。

自分が相手や、相手の文化や慣習を受け入れると、相手もそのうち、自分に興味を持ってくれるようになる。その国ならではのものを、ぜひ知ってあげてください。



-ありがとうございました!




インターン先探し、家探しと、傍から見たらいつどこで挫けてもおかしくないような体験を、さらりと話してしまう様子がとても印象的でした。「やると決めたからには、自分で責任を持つ」という考え方は、一番基本的なことであり、一番守るのが難しいことです。

そうやって考える癖をつけることが、どれだけ自分の人生を切り拓いていくのか、改めて考えさせられるインタビューでした。



【インタビュアー】草野晴菜 / タイガーモブ株式会社 インターン

はるな@タイモブ

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